2012年04月25日

聖徳太子の地球儀

”聖徳太子は地球儀を持っていた?!”
それはソフトボール位の大きさの地球儀で、聖徳太子生存時の西暦600年代にはまだ発見もされていなかった南極大陸やアメリカ大陸などが、浮き彫りのように施されているそうです。
まだ人類には未知の大陸がなぜこの時代に製作された地球儀に描かれているのか?
そしてまたなぜそれを聖徳太子が持っていたのか?
…とこれは実話ではなく、実は確証もないことです。
けれど奈良の斑鳩寺の聖徳太子ゆかりの宝物の中にこの地球儀は含まれているのです。

聖徳太子その人こそが実は出自さえ明らかでない人物なのですが、「もしかしたら大陸から渡ってきたペルシャ人なのではないか?」という俗説さえある人物なのです。
それは聖徳太子の遺髪とされる物が赤毛でくせのある毛なのです。
(この”遺髪”もそうとう怪しげですが…。)
話しは逸れましたが、この地球儀は太子がペルシャ人であるがゆえに手に入れる事が出来たのだとまことしやかに唱えられる事もあるようです。
太子がペルシャ人であったかどうかは置いといて、今回の話題はこの地球儀です。

この地球儀には伝説の大陸「メガラニカ」が描かれています。
「メガラニカ」は南半球に存在していたとされる巨大な大陸の事です。
古くは2世紀ギリシャのプトレマイオスの地図に伝説上の大陸として描かれているそうです。
後にマゼランが大航海時代に発見した、ディエラ・デル・フェゴ島をこの伝説上の大陸と言い伝えたことから、マゼランの名にちなんだ「メガラニカ」と呼ばれるようになりました。
この地球儀には漢字で「墨瓦労臘泥加(メガラニカ)」と書かれているのだそうです。
このことからこの地球儀は600年代の物ではなく、大航海時代(1600年代)以降に作られた物と言えそうです。

漢字で字があてられているのでペルシャ伝来の物でもなく、中国か日本国内で作られた可能性が高いでしょう。
一気に夢が覚めましたが、では何故この地球儀が斑鳩寺の聖徳太子ゆかりの宝物として収められているのか?
何のために作られたのか?
誰のために?
ただの物珍しい一品を当時の権力者に奉るために作られたのなら、1600年代以降の戦国時代に何故上代の聖徳太子の斑鳩寺に収められたのか?
まだまだこの地球儀には謎は残されています。(^^)

posted by kazsa-yumi at 23:10| Comment(0) | オーパーツ
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